第1回では、職種別の長期インターンで入社前にお互いを確かめ、経験した仕事を配属につなぐ採用を考えた。第2回では、採用サイトに仕事の実態と「何が身につくか」を書くことを提案した。どちらも、入社前に企業が学生と交わす約束だ。最終回は、その約束を入社後にどう果たすか、つまり入社した人をどう育てるかを考える。
汎用LLMは、文章、調査、分析、コードと、幅広い仕事を横断して支援できる。何もかもが得意なわけではないが、能力のバランスがよい「五角形」に近い。これまで多くの企業は、新人にまず幅広い仕事を一通り経験させ、何年もかけて専門を見つけてもらってきた。だが、AIがすでに五角形なら、人まで同じ五角形を目指すのが最善とは限らない。
企業が育てるべきなのは、何でも平均的にこなせる人より、特定の仕事と現場を深く理解し、AIの答えを確かめながら判断できる人ではないか。
AIが幅を補うなら、人は深さを磨く
小売業で新商品を考える担当者を例にとる。市場の概要を調べ、競合商品を整理し、最初の企画書を作るところまでは、AIが大いに助けてくれる。
しかし、「この店のお客さんはなぜ買わないのか」「売り場のスタッフは何に困っているのか」「今回、何を変えるべきか」は、数字や一般論だけでは決められないことがある。売り場を見て、客やスタッフの話を聞き、予算や物流の制約を知って、初めてわかることがある。
技術を深く理解する専門家も必要だ。ただ、全員がAIの技術そのものを極める必要はない。医療、物流、製造、金融、小売と、それぞれの現場を知り尽くした専門家にも大きな役割がある。AIの提案が「一般論としては正しそうでも、この現場では使えない」と見抜けること。それが価値になる。
もちろん、専門の外を知らなくてよいわけではない。共通の基礎知識がなければ、隣の部署と協力することも、AIへの頼み方が適切かを考えることも難しい。基礎は広く持ち、時間をかけて深める領域をはっきりさせる。 変えたいのは、その時間の配分だ。
基礎は、まず自分の手で
だからといって、新人の仕事を初日からすべてAIに任せるのは違うと思う。
市場調査を一度も自分でしたことのない人が、AIが集めた情報の偏りに気づけるだろうか。コードを自分で読んだことのない人が、AIが書き換えた処理の危うさを見抜けるだろうか。仕事の工程を知らないまま結果だけを受け取っていては、その結果を評価する目は育たない。
最初は、自分で資料を探し、顧客に質問し、データを整理し、仮説を立て、試して失敗する。その一連の工程を経験してもらう。非効率な仕事をいつまでも続けさせるためではない。仕事の品質がどこで決まり、間違いがどこで起きるのかを知るためだ。
そのあとは、AIを積極的に使ってよい。同じ課題をAIと一緒に解き直し、どこが速くなり、どこで誤ったかを比べる。反復作業から浮いた時間は、難しい案件や現場での経験に回す。
| 段階 | 新人に経験してもらうこと | 企業が確認すること |
|---|---|---|
| 基礎を自力で学ぶ | 主要な工程を自分の手で進める | なぜその手順を踏み、何を品質基準にするか理解しているか |
| AIと同じ仕事をする | AIを使い、結果を自分の作業と比較する | 誤りや限界に気づき、修正できるか |
| 専門性を深める | 現場の難しい問題を担当し、判断する | 理由を説明し、結果に責任を持てるか |
基礎を学ぶ期間を、「入社後3か月は全員AI禁止」のように一律で決めることはしない。必要な工程も期間も、職種や本人の理解の度合いで違うからだ。理解できているかを確かめてから、次の段階へ進む。失敗が人命や大きな損失につながる仕事なら、当然、適切な監督のもとで経験を積む。
AIが初心者の成長を助けるという研究もある。2025年に『The Quarterly Journal of Economics』に載った研究では、カスタマーサポート担当者5,172人について、生成AIの支援で1時間あたりに解決できた問い合わせが平均15%増えた。経験の浅い人ほど伸びが大きく、学習を助ける効果も報告されている。1 ただし、一つの会社の、特定の業務での結果だ。
ここから言えるのは、「基礎は飛ばしてよい」でも「AIは学びの邪魔」でもない。自分で考える経験と、AIで学びを速める機会を、順序立てて用意することが企業の役割になる。
所属チームを軸に、会社全体を知る
第1回で提案したように、入社前に「何の仕事で迎えるか」を合意したのなら、入社後も最初から所属チームを決め、その仕事で専門性を深めてもらうのが基本になる。
とはいえ、ほかの部署を知らなくてよいわけではない。商品企画なら、営業、製造、物流、カスタマーサポートがどう動いているかを知る必要がある。自分の決めたことが、ほかのチームの仕事にどう響くかを理解してこそ、現実的な判断ができる。
だから、ジョブローテーションは残す。ただし、目的を変える。
ローテーションは、所属先を何度も決め直すためではない。会社全体を知り、その学びを自分の専門に持ち帰るために行う。
短期間の他部署での勤務、現場への同行、部署をまたぐプロジェクトなど、必要な経験を組み合わせる。終わったら、原則として元のチームに戻る。ただし、別の仕事を経験して「こちらに本気で取り組みたい」と強く感じたなら、本人の希望と受け入れ側の条件を確かめ、正式に異動できるようにする。
こうすれば、専門性を育てる軸は保ちながら、本人の可能性を最初の配属に閉じ込めずに済む。ローテーションの期間も全員同じでなくてよい。何を理解して戻ってきてほしいのかを、先に決めればよい。
成長の速さを、年次で区切らない
AIは、わからないことを何度でも聞ける相手にも、案の弱点を指摘してくれる相手にもなる。うまく使えば、新人が知識や技術を身につける速さは上がるかもしれない。
Microsoftの2025年のWork Trend Indexでは、調査対象の経営層の83%が、AIによって社員がキャリアの早い段階から、より複雑で戦略的な仕事を担えるようになると考えていた。2 ただし、これは経営層の見通しであって、習得が速くなったことを示す数字ではない。
それでも、「何年目だからここまで」という一律の育成計画だけに頼る理由は薄れている。基本の業務を理解し、AIも使いこなし、顧客対応や判断を任せられるなら、次の仕事へ進んでもらう。反対に、必要な力がまだ身についていないなら、年次に関係なく学び直す機会を用意する。
ただし、すべてを成果給や完全な能力主義に切り替えればよいわけでもない。売上のように結果を測りやすい仕事もあれば、長い目で見た品質管理や、チームを支える仕事もある。担当する案件や上司、チームの状況によって、成果を示す機会そのものにも差が出る。
必要なのは、全員を一つの数字で順位づけることではない。実力を示し、新しい役割に挑戦できる機会を、広く開いておくことだ。
アイデア箱とハッカソンを、抜擢への道にする
その機会の一つが、社員が自分で課題を見つけ、形にする仕組みだ。いつでも提案できる「アイデア箱」と、集中して試作する「社内ハッカソン」。この二つを、別々の制度ではなく一つの流れとして設計したい。
どちらも、単独ではうまく回りにくい。ただの投稿フォームは、いずれ使われなくなる。提案が読まれたのか、どう判断されたのか、何が足りなかったのかがわからないからだ。ハッカソンは、アイデアが生まれる時期を選べないうえに、楽しい社内行事で終われば何も残らない。
例えば、営業チームの入社2年目の社員が、顧客のところで何度も見てきた困りごとを、小さなサービスで解決できないかと考える。普段の仕事で開発の経験はない。それでも、エンジニアやデザイナーと組み、AIを使えば試作品は作れる。顧客の困りごとを誰よりも知っていること自体が、その人の強みになる。
この社員の案が事業になるまでの流れを、こう描きたい。
- 投稿する:完成した企画書はいらない。「誰が、何に困っているか」と解決の案があれば出せる。
- 仲間を集める:他部署の社員が意見や実体験を加え、一緒に取り組むメンバーが集まる。
- 試作する:社内ハッカソンで、エンジニアやデザイナーと組み、AIも使って形にする。
- 実証する:一定の基準を満たした案には、小さな予算と勤務時間を与えて試してもらう。
- 事業にする:成果が確認できれば正式なプロジェクトに移し、発案者が責任者を担えるようにする。
先例もある。Atlassianは、日常業務を離れて自分たちのアイデアを形にする社内イベント「ShipIt」を長年続けてきた。同社によれば、Jira Service Managementの原型もここから生まれた。3 Adobeは、社員が小さな資金でアイデアを試せる「Kickbox」を運用し、2015年には外部にも公開した。最初から大きな事業計画や役員へのプレゼンを求めず、検証の手順と資金を渡す点が参考になる。4
ここでもAIの役割は大きい。市場情報の整理、仮説の検討、試作品づくりまで、アイデアを検証するまでの作業を支えてくれる。企画書を書くのがうまい人だけでなく、現場の問題をよく知る人が、自分の案を形にしやすくなる。 第1回では、ESの出来より仕事の中身を見ようと書いた。入社後も同じだ。見るべきなのは企画書や発表の出来ではなく、問題の理解と、試した結果だ。
抜擢は口約束にしない。短い時間でよい発表をすることと、事業を長く運営することは別の力だ。だから、まずは権限と予算を持つ実証の責任者として任せ、結果を見て役割を広げる。通常の人事評価では見えなかった力を、こうして見つけられる。
制度を実際に使えるものにするには、いくつか条件がある。上司が優秀な部下を手放したがらないのは自然なことだから、挑戦を認める権限と、元のチームを支える体制は、経営と人事が持つ。開催日に参加できる人だけが有利にならないよう、通常の勤務時間を割り当てる。技術職以外でも取り組める課題を用意する。
審査も、投票数や発表の巧みさだけで決めない。人気と、事業としての見込みは違う。利用者の課題、効果、費用、実行できるかを確かめ、チームへの貢献も評価する。採用しなかった案にも理由を返し、次の改善につなげる。社内でも共有しにくい情報を含む案は、公開する範囲を調整する。
深く育て、必要なときには動かす
ここまでの提案は、一見すると逆を向いているように見える。
一方では、最初の所属チームを決め、同じ現場で専門性を深めてもらう。他方では、部署を越えた挑戦を認め、力のある社員を別の仕事や新しい事業に抜擢する。
しかし、この二つは矛盾しない。専門性を深めるには、日々の仕事に軸が要る。けれども、人の可能性まで最初の配属で固定する必要はない。
企業に必要なのは、「全員を何年目までに何ができる人にするか」という計画だけではない。自分の手で基礎を学ぶ機会、AIで学びを速める仕組み、現場で判断する経験、ほかの部署を知る機会。そして、思いがけない才能を見つけたときに役割を変えられる制度。これらを一緒に設計することだ。
始めるのは小さくてよい。一つの職種で、基礎を身につけたと言える基準を決める。短期ローテーションの目的と、戻る先をはっきりさせる。社内ハッカソンで選ばれた案に、少額でも予算と担当者を付ける。アイデア箱に届いた提案には、必ず返事をする。
そのうえで、研修を何時間受けたかではなく、実務を任せられるまでに何を学んだか、提案がどこまで実行されたか、抜擢された人が新しい役割でどう伸びたかを見る。専門性が身につくまでの時間と、社内で挑戦できる機会が、実際にどう変わったかを確かめたい。
AIが幅広い知識と作業を補えるほど、企業は、人が深く理解すべき現場をはっきりさせる必要がある。そして、深く育てた人を、必要なときには自由に動かせるようにしておく。
連載のおわりに:整った言葉の先を見る
AIは、整った言葉を誰にでも書けるものにした。志望動機も、採用サイトの紹介文も、企画書も、見栄えだけならいくらでも整う。
この連載では、判断の手がかりを、言葉の見栄えから確かめられる実態へ移すことを考えてきた。入社前は、企業と学生が一緒に働いて確かめ合う(第1回)。学生が仕事を選べるよう、企業は仕事の実態を伝える(第2回)。入社後は、現場で深めた理解と、実際に試した結果で人を育て、役割を広げる(第3回)。
AIを遠ざける必要はない。AIが言葉を整えてくれるぶん、人は、一緒に働き、確かめ、深く理解することに時間を使える。
AI時代の採用と育成で問われるのは、言葉をどれだけ整えられるかではない。お互いを実際に確かめ合える機会を、どれだけ用意できるかだ。
本稿は2026年10月14日時点で確認できる研究と企業の公開情報に基づく見解・提案。AIによる習得期間の短縮、専門人材の育て方、各制度による事業成果は、業種や運用によって異なる。
出典・注記
- Erik Brynjolfsson, Danielle Li, Lindsey Raymond, “Generative AI at Work”, The Quarterly Journal of Economics, 140(2), 889–942, 2025年。一社のカスタマーサポート業務を対象にした研究で、ほかの職種や業務で同じ効果が得られることを示すものではない。 ↩
- Microsoft, “2025: The year the Frontier Firm is born”, Work Trend Index, 2025年4月23日。経営層の見通しを尋ねた調査で、習得にかかる期間を測ったものではない。 ↩
- Atlassian, “From Ideas to Impact: The Story of ShipIt”, 2025年1月14日。ShipItの歩みと、そこから生まれた製品についての同社の説明。 ↩
- Adobe, “Kickbox Open Sourcing Makes Innovation Easily Accessible for All Companies”, 2015年2月9日。Kickboxを外部に公開した際の発表。 ↩